1883年に出版されたルイ・ゴンスによる『日本美術回顧展目録』 Catalogue de l'exposition rétrospective de l'art japonais は、日本美術の収集家らのコレクションを展示した展覧会の目録である。ゴンス主催のこの展覧会には、自在置物と思われる作品が出品されていたことが確認できる。
その作品は、Charles Haviland により出品されたミョウチン・ムネフサ銘の「関節のある蟹の形をした鉄製の香箱」(1)、および "Kosho-Kaisha"出品のミョウチン・ノブイエによる「鍛鉄製の関節のある2つの小像」(2)である。後者は起立工商会社による出品であろう。両作品とみられるものは、同じくルイ・ゴンスの著した L'art japonais. Tome 2 でも触れられており、後者については「工商会社はミョウチン・ノブイエ(16世紀)作の、足、頭、腕が動く非常に生き生きとした独創的な鉄製の人形2体をパリに送った」と記されている(3)。このことから、起立工商会社による出品は、人物像を自在置物として作ったものであったと考えられる。
この起立工商会社により出品された自在置物に関しては、同社社長であった松尾儀助が明治17年(1884)の第五回観古美術会に「明珍作鐵人物置物 二個」を出品(4)していることが注目される。こちらも2点同時に出品されており、前年の「日本美術回顧展」に出品されたものと同一作である可能性が考えられる。また、フランスの個人蔵の作品として「臥せる人」「座す人」の一対の自在置物の現存が確認されている(5)。この作品が同一のものであるかはわからないが、起立工商会社により出品された2点も、同様に対をなすように作られた作品であったのかもしれない。
起立工商会社の「日本美術回顧展」への出品の総数は4点で、人物像の自在置物以外の3点は掛物と屏風であった(6)。少ない出品の中に自在置物が含まれていたことには何か理由があったのだろうか。「日本美術回顧展」の前年にあたる明治15年(1882)、起立工商会社は第三回観古美術会に「鐵製螳螂置物」「銅製蟹置物」を出品しており(7)、これらも自在置物であった可能性がある。また、同会への明治天皇の行幸に際し龍池会から「明珍作鐵製蟹置物」が献上されたと伝えられており(8)、こうしたことと関連があるのかもしれない。明治17年(1884)の第五回観古美術会に出品された「明珍作鐵人物置物 二個」が、前年の「日本美術回顧展」の出品作と同一であったとすると、フランスでの展示を経たことは、国内での評価を高める効果があったとも考えられる。
自在置物は甲冑師の技術に基づくものであるが、同じく武具と関わる美術品といえる鐔などの刀装具と比べれば、その数は非常に少なく、日本国内でも目にする機会は限られていたと思われる。また、武具そのものである甲冑や刀剣のように由緒ある作が多く存在していたり、鑑定基準が定まっていたわけでもない。自在置物の精巧さは国内外を問わず人を驚嘆させるものであったには違いないが、その国内における美術品としての価値は、海外からの評価に依拠して高められていた部分が大きかった可能性は考えられるだろう。
註
- Louis Gonse, Catalogue de l'exposition rétrospective de l'art japonais, Paris, A. Quantin, 1883. 原文の作品名 Boîte à parfums figurant un crabe en fer articulé,signé : Miotshin Mounéfoussa https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6373975m/f372#
- 同書。原文の作品名 Groupe de deux figurines articulées, en fer forgé, par Miotshin Nabouiyé https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6373975m/f415#
- Louis Gonse, L'art japonais. Tome 2, Paris, A. Quantin, 1883, pp.115-116. https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1054590x/f141# https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1054590x/f142#
- 『第五回観古美術会出品目録 第二号』(有隣堂 明治17年)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849466/16
- 原田一敏「自在置物について」『MUSEUM 東京国立博物館美術誌』第507号(平成5年6月)
- 註2に同じ。自在置物以外の出品は、雪舟、狩野正信、土佐光純の作とみられる。
- 『第三回観古美術会出品目録 第三号』(有隣堂 明治15年)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849464/32
- 宮内庁編『明治天皇紀 第五』(吉川弘文館 昭和46年)
Catalogue de l'exposition rétrospective de l'art japonais より。出品者にはサラ・ベルナールや、シャルル・エフルッシの名もみられる。
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