前回記事に引き続き、三井記念美術館「驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アートへ」展についてです。今回は出品されている自在置物について、さらに踏み込んで見てみましょう。
今回特に注目されるのは、展覧会チラシなどにも掲載されている高瀬好山の銀製の鶴の吊香炉でしょう。飛行中の鶴の姿を非常に写実的に表現し、吊香炉として仕立てています。自在置物としては可動部分が嘴、羽根の一部に限られ、大きさも実物大というわけではないのですが、それゆえに自然で優美な表現となっています。おそらく高瀬好山の作品の中でも最高のものの一つではないでしょうか。
この作品には高瀬好山による下図も付属しているとのこと。昨年の東京藝術大学大学美術館「驚きの明治工藝」展に出品された高瀬好山の鳳凰も、同じく好山による下図が展示されていました(過去記事参照)。今回のこの下図も狩野派の絵を学んだという好山の履歴や、作品の実制作は行っていなかったといわれる好山の工房での役割を考える上で貴重な資料といえるでしょう。
この作品と同一作の可能性も考えられる作品が『九層臺所蔵品入札』(昭和3年3月12日入札)に掲載されています。
高瀬好山の四分一製の鯉。前回「明治工芸の粋」展に出品され、先ごろ京都国立近代美術館「技を極める—ヴァン クリーフ&アーペル ハイジュエリーと日本の工芸」展でも展示された四分一の鯉とはまた別の作品です。好山の四分一の鯉で知られているのはこの2点だけではないでしょうか。
写真では見づらいのですが、この作品も制作の際に使用されたとみられる図面とともに展示されています。本展図録にはこの作品の分解修理時の記録写真として、円筒状の胴体部品が並べられた写真も掲載されており、これらもまた貴重な資料といえるでしょう。
今回、昆虫の自在置物は新旧の十二種昆虫の展示です。写真左は高瀬好山(左)と満田晴穂(右)の蝉。
写真中央は満田晴穂作の十二種昆虫のうちのクロアゲハ。好山工房の工人、冨木一門の系譜を引くこの現代作家による十二種昆虫には今回初めて発表のカブトムシもあり、出色の出来映え。図録の写真も非常に印象的です。しかし、新旧で計24もの昆虫が並ぶこの展示の様子は図録の写真にはないものなので、ぜひ実物を実際に見ることをおすすめします。
そのほかにも、高瀬好山および好山工房の工人宗義銘の鍬形、蝶、蜂が出品されています。これほどの数の昆虫自在置物が同時に展示されることも珍しいでしょう。
蛇の自在置物も明珍作、満田晴穂作の新旧が一緒に展示されていますが、こちらも実際の展示を見たほうが楽しめると思います。写真左が清水三年坂美術館蔵の明珍の蛇ですが、部品数が非常に多く大変滑らかな動きを実現しています。同館村田館長のお気に入りのようで、TV番組でもよく紹介されています。対する満田晴穂作は蛇骨格自在置物。単純な部品数の比較ではこちらの方が多いでしょうが、それよりも完全に違う視点で制作されているところに注目すべきでしょう。この作品はポストカードにもなっています。
自在置物が本来は甲冑師の技術による鉄製であったという点に着目すれば、本郷真也の作品も注目すべきでしょう。「柿に雀蜂」(写真左)の雀蜂は可動ではないものの、鉄を用いた繊細で写実的な表現は自在置物に通じるものでしょう。また烏がモチーフの「暁」も明珍派の甲冑師が遺している鳥の作品を想起させます。
木彫「鹿の子海老」(写真左)は現代作家の大竹亮峯作。牙彫の山崎南海の伊勢海老、宗義の銀製伊勢海老とともに展示されています。前作の伊勢海老よりさらに完成度を高めたこの鹿の子海老は、他の二者と違い胸の部分を浮かせて脚だけで自立できることを強調したポーズになっています。新旧それぞれの素材の違いも良い対比になっています。大竹亮峯作の木彫自在置物はもう一つ、現代作家を集めた展示室に蟹のカラッパがあります。
木彫の自在置物は大正から昭和にかけて大阪で活動した穐山竹林斎の龍(写真右)、正一の蛇も出品されています。この木製の蛇も展示される機会の少ない珍しい作品といってよいでしょう。
近年注目度の高まりが著しい明治工芸ですが、その諸分野の中でもとりわけ不明な部分が多いのが自在置物でしょう。前記事でもふれましたが、二十数年前には高瀬好山についてもほとんど判っていませんでした。
好山工房で自在置物の実制作に当たった冨木家の当代、宗行氏の存在がなければ、江戸時代から受け継がれた製作技術、さらにその近代の歴史についても依然不明のままであったでしょう。自在置物がこの数年の間に急速に認知され、今回の展覧会のように現代作家のものを含め、多数の作品を目にすることができるようになったのもひとえに氏のおかげであり、感謝の念に堪えません。
昨年の東京藝術大学大学美術館「驚きの明治工藝」展図録には、冨木宗行氏へのインタビュー記事が収録されています。最後に、今回の「驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アートへ」展に寄せて、この展覧会にふさわしいであろう氏の言葉をそこから引用します。
「けれども、今は何もかもが便利になりすぎて、工芸からも人間性が失われはじめています。自在置物のルーツである明珍派の『作り人』たちはけっして唯一無二の芸術品をつくるために腕を振るったわけではないでしょう。ですが、100年も200年も経ってなおその価値が失われないのは、確かな技術と人間らしい思想がそこに込められていたからだと思います」
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