先日、三井記念美術館で開催中の特別展「驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アートへ」のブロガー内覧会(写真撮影可)に参加してきました。
本展覧会は2014年に開催の「超絶技巧! 明治工芸の粋」の続編という位置付け。今回は清水三年坂美術館所蔵の作品を中心にして近年各所で確認された作品もあわせ、さらに15名の「超絶技巧」現代作家による作品も展示。
三井記念美術館は安藤緑山の果菜と貝尽くしの象牙彫刻、高瀬好山作の銀製伊勢海老と十二種昆虫の自在置物を所蔵していますが、このことは本展において大きな意味持っているように思われます。これらの作品は『目の眼』1991年9月号および10月号の「超絶技巧の世界」と題した記事で紹介されています。振り返ってみるならば、清水三年坂美術館ができる以前から三井文庫が安藤緑山、高瀬好山の作品をまとまった数で所蔵しており早くから紹介される機会があったことは幸運であったといえるでしょう。この記事の題で使用されている「超絶技巧」という言葉が今や明治工芸を語る際のキーワードとなっていることも注目すべきところです。
さらに今回の展覧会では、この二者の作品が明治工芸と現代作家をつなぐものとして殊にはっきりと示されています。
今回は三井記念美術館蔵の作品はありませんが、安藤緑山の作品は今回も多数展示されています。ここでは今まで見たことのないモチーフの一点「干し柿」を。
現代作家の作品。左は前原冬樹「一刻:皿に秋刀魚」、右は橋本雅也「ソメイヨシノ」。前者は木彫ですがその細密な彫刻と真に迫る着色、後者は無彩色ながら象牙により近い鹿角を素材にしており、本展においては両者とも安藤緑山を意識させる作品になっているといえるでしょう。
三井記念美術館蔵の高瀬好山の伊勢海老と十二種昆虫の自在置物。画像は伊勢海老が前回の「明治工芸の粋」展の内覧会、十二種昆虫は東京国立博物館の特集陳列のときのもの。伊勢海老は本展の出品作品にはなっていないのですが、会場外の受付脇ロッカー室入口付近の展示スペースに展示されています。
左は大竹亮峯「自在 鹿の子海老」、右は満田晴穂「自在十二種昆虫」(部分)。現代作家によるこれらの自在置物はより直接的に古作との対比を示しています。木彫の「自在 鹿の子海老」は高瀬好山工房の工人であった宗義による銀製自在伊勢海老と山崎南海の牙彫の自在伊勢海老が左右に配されていますが、それらは胸を浮かせて自立することができないのに対し、本作ではそれが可能であることを示す生命力溢れる姿勢での展示になっています。高瀬好山工房で実制作を行っていた冨木家の当代、宗行氏から技術を受け継いだ現代作家による「自在十二種昆虫」は高瀬好山「十二種昆虫」とともに並べられています。前述の『目の眼』1991年10月号の記事では高瀬好山についての詳細はほとんど明らかになっていませんでした。それから二十数年、高瀬好山とその系譜を引く作家の作品がこのような形で展示されたことには感慨を覚えます。本来は甲冑師の技術であり鉄製であった自在置物ですが、各種の合金を用いてモチーフの色まで表現することを目指した高瀬好山の作品と、さらに実物に限りなく迫る現代の自在置物との対比も見所です。
今年3月、佐倉市立美術館で現代美術の展覧会「カオスモス5 一粒の砂に世界を見るように」が開催されました。その会期中にあった満田晴穂、池内務(レントゲンヴェルケ代表)両氏による記念講演会「工芸とアートと~自在置物を通して」を拝聴したのですが、自在置物は用途を持たない置物であるがゆえに伝統工芸としての作品発表の場がなく、そのため現代美術としてその機会を求めることになったという話がありました。展覧会図録によれば「驚異の超絶技巧」展参加の15名の現代作家のほとんどは「いわゆる『伝統工芸』の世界とは一線を画したところで活動している」とありますが、このことはこうした現在の工芸のあり方を問うものであるともいえます。
2016年の芸大美術館「驚きの明治工藝」展は台湾の個人による明治工芸の大コレクションを紹介するものでした。その収集の動機となったであろう写実表現や技巧の追求への感動に注目したこの展覧会には、柴田是真や橋本一蔵らによる金属や竹製の器物を漆塗りで本物そっくりに表現する作品も並んでいましたが、こうした作品は「驚異の超絶技巧」展出品の刀を拵えまでそっくり再現する前原冬樹による木彫作品や、今回参加の作家としては工芸から最も遠い臼井良平のガラス作品にも通じるものがあるでしょう。なお、本展にも柴田是真による同様の作品が出品されています。
また「驚きの明治工藝」展では鉄を叩いて形を作る鍛鉄の作家山田宗美の作品に特に注目していましたが、今回の現代作家本郷真也の作品はその卓越した技巧を想起させるものです(左が本展出品の山田宗美、右が本郷真也作品)。昨年は加賀市美術館で「没後100年 鉄打出の名工 山田宗美展」も開催されています。
このように安藤緑山や高瀬好山ほど明示的ではなくとも「この現代作家のこの部分は明治工芸のここと通じるものがあるのではないか?」と思わせるような展示になっています。作品モチーフも花鳥、虫、蛇など共通したものもあり、それぞれの作品の表現の違いに注目するのも楽しみではないでしょうか。
明治工芸(その系譜の大正から昭和初期のものまで含めて)というと海外輸出向けという面が注目されがちですが、安藤緑山・高瀬好山の作品を三井家が所蔵していたことや清水三年坂美術館による収集以前は安藤緑山の作品の所蔵はほとんど皇室関連であったこと、昭和初期の売立目録に好山の作品が掲載されている(以前のブログ記事参照)ことなどは国内でもそれらの需要があり、その美を認められていたことを示しているといえます。しかし、それは同時に皇室、皇族や三井家ほどの名家でなければ、明治から現代に至るまでの社会の変化をくぐり抜けて、こうした作品を伝えていくことができなかったということなのでしょう。
清水三年坂美術館蔵「蘭陵王置物」(高川盛次作)。海野勝珉の第三回内国勧業博覧会の著名な受賞作に倣ったものであることが一目でわかります。最近知ったのですが、海野勝珉による「蘭陵王置物」の出品人であった林九兵衛の蔵品はほとんどが関東大震災で焼失してしまっていました(『罹災美術品目録』参照)。工芸では海野勝珉、高村光雲、石川光明、赤塚自得などによる作品が含まれています。作品だけでなく作家に関連した資料なども多くが失われたことでしょう。
失われた明治工芸といえば第二次大戦末期に戦災で焼失した明治宮殿を抜きには語れません。2015年の芸大美術館「ダブル・インパクト」展には柴田是真による明治宮殿千種の間の天井画下図も出品されていました。同展は天皇を中心とする近代国家の成立と美術の関係にも言及するものでしたが、戦災による明治宮殿の焼失も日本の近代化、工業化の果てに至った結果の一つといえるかもしれません。
戦後長らく明治工芸が等閑視されてきた背景に、首都東京が受けたこのような天災、戦災の影響もあったとすれば、それらによって失われたものが少なかった京都がその再評価において大きな役割を果たしている点は興味深いところです。「明治工芸の粋」展に出品された清水三年坂美術館所蔵の作品は、多くが先ごろ京都国立近代美術館の所蔵になり、今年「技を極める—ヴァン クリーフ&アーペル ハイジュエリーと日本の工芸」展で展示されました。京都東山にその邸宅兼工房が保存されている並河靖之も、東京都庭園美術館を皮切りにした「並河靖之七宝展」の巡回展が現在も開催中です。
生粋の京都人であった並河靖之を始め、「驚異の超絶技巧」展の明治工芸にも京都と関わりの深い作家の作品が少なくありません。金工の正阿弥勝義はその晩年近くに岡山から京都に移り、一層優れた作品を制作しています。旭玉山は本展では彫嵌の作品が多数出品されていますが、よく知られた牙彫の髑髏や人体骨格の作品とは全く趣の異なるそれらの作品は、東京から京都に隠遁した後に制作されたものです。金沢出身で京都に工房を構えた高瀬好山は、先にも述べたように鉄だけでなく様々な合金を用いることによって自在置物の写実性を格段に高めています。
殖産興業、外貨獲得という面からの要請が大きかった明治工芸ですが、技術面での革新や技巧の追求のどの部分がそうした要請によるものか、どの部分が作家個人の資質、美意識によるものであるかという点は、これからの研究の進展でより明らかになっていくところでしょう。それにより、「超絶技巧」というキーワードで結ばれた本展の現代作家と明治工芸の関係性に新たな視点がもたらされることにも期待しています。
左より並河靖之、正阿弥勝義、旭玉山の作品。いずれも最初の展示室の単独ケースでの展示になっています。
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