以前鈴木長吉による龍の自在置物について書きましたが(過去記事)、 1892年のオークションカタログに同じく鈴木長吉作とされる蟹の自在置物が記載されていました。
カタログの正式名称は以下の通り。横浜のディーキン兄弟商会のコレクションが売りに出たときのもの。
通し番号 496
"Bronze incense box, in form of crab ; finely articulated By Suzuki Chokichi, Tokyo"
同 497
"Bronze crab, articulated, by same maker as above"
上記の2点が鈴木長吉による蟹とみられます。496の蟹は香箱と表記されています。
この蟹は東京藝術大学大学美術館蔵の鉄製の蟹自在置物ですが、甲羅が外れるようになっており香箱として使用できるようになっています。おそらくこれと同様の構造なのでしょう。
自在置物はもとは鉄打ち出しの技法によるものですが、同じ金工でも鋳金という技法で鈴木長吉が大小の自在置物を制作していたとみられるのは大変興味深いところです。自在置物が「甲冑師の技術による美術品」という枠を離れ、金工に限らず木彫、牙彫など他の素材による作品にまで広がっていったのは、生き物をその動きまで再現するという特徴が制作者自身にも魅力を感じさせるものであったからではないでしょうか。
このカタログには "491 Pair of bronze pigeons, life size, beautifully carved by Suzuki Chokichi, Tokyo" という作品もあり、鈴木長吉による実物大の鳩の作品とみられます。
「技芸之友」6号に鈴木長吉作の鳩の花瓶が掲載されています(インターネット非公開 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1502744)
この花瓶の鳩も実物の姿を生き生きと写しています。鈴木長吉の代表作の一つといえるV&Aの孔雀の大香炉にはもともと鳩もあったそうなので、やはり鳥類全般を得意としていたということなのでしょう。
シカゴ万国博覧会出品の「十二の鷹」など猛禽類の表現で写実を極めた鈴木長吉ですが蟹のようなモチーフにも写実を求めていった結果、自在置物の制作に至ったのかもしれません。
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