米国の電子化した新聞記事を公開しているウェブサイトで、鈴木長吉の手による青銅の龍自在置物についての記事(1899年5月)を見つけました。
記事全文:
Los Angeles Herald, Number 227, 15 May 1899
A Marvel In Metal Working.
One of the most famous metal workers of modern Japan Is Choklchl Suzuki, the artist to the imperial household. The Kensington museum In London possesses one of his most notable works, which Is a large "Koro" fantastically ornamented with peacocks. In the Kunstkammer of the Berlin museum is also a valued specimen of Suzuki's marvelous skill in metal working. The Berlin specimen is a magnificent eagle with outstretched wings. Beyond this, however, Europe can claim no further notable specimens of this oriental Alflerl, as his work is now not allowed to pass outside of the Japanese empire. There has just been brought to the United States, however, what Is recognized as the most valuable and remarkable specimen of Suzuki's handiwork. This work, which is a flexible bronze dragon eight feet in length, is worth a small fortune and was secured in Japan by Mr. William R. Townsend, a wealthy citizen of San Francisco. This dragon is of a beautiful mottled green bronze of typical oriental workmanship and is made up of hundreds and hundreds of separate pieces, each one carefully finished and fitted by hand. Five years were occupied in the creation of this strange piece of work, and today it is the most valuable Japanese bronze in existence. The dragon is as flexible and pliant as a snake, and the limbs, body and head of the strange creature can be twisted or turned in any direction. Mr. Townsend, who is an enthusiastic collector of Japanese art work, also has In his possession a quaint Japanese scroll letter written by Suzuki himself, giving the history of the bronze and the circumstances which caused the imperial artist to undertake its creation.
記事URL:
http://cdnc.ucr.edu/cgi-bin/cdnc?a=d&d=LAH18990515.2.209
California Digital Newspaper Collection, Center for Bibliographic Studies and Research, University of California, Riverside, <http://cdnc.ucr.edu>
サンフランシスコの裕福な市民、William R. Townsend 氏により鈴木長吉の手による長さ8フィート(約2m40cm)の動かすことのできる青銅の龍が米国にもたらされた、とあります。いくつもの部品を入念に仕上げ組み合わせて制作するのに5年がかけられたこの作品は、今日存在する日本の青銅の作品で最も価値あるものである、と絶賛されています。熱心な日本美術コレクターである Townsend 氏は、帝室技芸員である鈴木長吉が青銅の作品を作るに至った経緯を綴った長吉自身による手紙も所有している、との記述もあります。
鈴木長吉は明治18年(1885年)に開催されたニュルンベルク金工万国博覧会において青銅鷲置物で金牌を受けています。明治の輸出工芸に関して大きな役割を果たした起立工商会社による出品ということや、後に帝室技芸員に任命されたこともあり注目が集まりがちですが、実はこの金工万国博覧会では東京の美術商「斎藤政吉」の出品による海老、蟷螂の自在置物と思われる作品も同じく金牌を授与されています。
国立国会図書館デジタルコレクション『金工万国博覧会報告』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854110/16
斎藤政吉の「四支活動スル銅製鐵製ノ海蝦及ヒ鐵製蟷螂」という記述があり、おそらく自在置物の作品であると思われます。
同
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854110/33
起立工商会社、斎藤政吉がともに金牌を受けたことが記されています。
鈴木長吉の自在置物としては伊勢海老の作例が確認できます。
日本美術専門ギャラリー Kagedo のSold archivesより
http://www.kagedo.com/collections/2/KJA1874.html
V&A博物館の孔雀の香炉、ハリリ・コレクションの巨大な香炉など大きな作品も多い鈴木長吉がこのような細かい部品を組み合わせる自在置物の作品も残しているのは、このニュルンベルク金工万国博覧会が影響しているのかもしれません。龍の自在置物のような作品を作っていた可能性も十分考えられそうです。
また、同博覧会に自在置物と見られる海老や蟷螂を出品した斎藤政吉は明治26年のシカゴ万国博覧会における板尾新次郎作の鷲自在置物の出品人でもあります。「明治期万国博覧会美術品出品目録」(東京国立文化財研究所編 )のシカゴ万国博覧会の記録においても制作者名は出ておらず出品人である斎藤政吉の名前のみ記載されていることを考えると、これらの海老、蟷螂も板尾新次郎の作品である可能性があると思われます。
これは台湾の明治美術コレクションの書籍の表紙を飾る板尾新次郎の鷹自在置物ですが、鈴木長吉の有名な「十二の鷹」と「止まり木」部分の形状や構成が非常に良く似ている点に注目したいと思います。現在は失われているようですが、シカゴ万国博覧会出品時の「十二の鷹」の写真を見るとこの作品と同様に豪華な裂が吊るされ、飾り紐が付けられていたことがわかります。
先に述べたように鈴木長吉も自在置物の作品を残していることや、共に猛禽類の作品で高い評価を受けているなどいくつかの点から鈴木長吉と板尾新次郎には接点があり、互いに影響しあっていたのではないかと推測しています。それらも含めた板尾新次郎とその周辺の事情についてはまた別の機会にまとめてみたいと思っています(板尾新次郎については拙稿「岡倉天心と自在置物」も参照していただければ幸いです)。
最後にもう一点、Los Angels Herald の記事中に(記事の書かれた時点では)鈴木長吉の作品は日本国外への移動が許可されていないとの旨の記述があります。
もし書かれている通りだとすると、鈴木長吉がそれまで制作していたような作品は本来は輸出により外貨を獲得することを主眼にしていたにも関わらず逆に海外へ流出するのを防ぐ措置がとられていたことになります。これは帝室技芸員制度が出来たことによりその作品を国内に留める必要性が生じたからでしょうか。興味深いところです。
いずれにしろ、この記事にある龍の自在置物が何処かに存在するならば是非実物を見てみたいものです。
追記
高石重義の最大級の龍自在置物の記事および「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」展の記事でもこの鈴木長吉の龍について触れています。
明治22年に日本美術協会展覧会に鈴木長吉が出品した鉄製の龍自在置物についての記事も参照のこと。この青銅の龍についてのものとみられる記述のある"Japan Weekly Mail"の記事を紹介しています。
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